【映画「ボヤージュ・オブ・タイム」を通して感覚について試行錯誤してみる】
「ボヤージュ・オブ・タイムより現代社会に必要な感覚を養う」
視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚、私たちはそれらを日常生活で使っているはずですが、それぞれ何か外部から情報を得る時にどの感覚を活用しているか考えたことはありますか?
今、現代人はそれぞれ個々の感覚能力がとても鈍くなっている傾向にもあるといわれています。
今回は巨匠テレンス・マリック監督の映画「ボヤージュ・オブ・タイム」の世界を参考に感覚について考察していきます。
・「ボヤージュ・オブ・タイム」
作中では言葉による表現はとても少なく、壮大な自然の映像が流れています。それは世界中の自然風景やまたは我々が生で見たことのない宇宙の様子も3D技術を駆使しマクロな世界から、生物たちのミクロな世界まで繊細に表現されています。
アクション映画のような迫力とはまた違い、この映画には別次元の迫力があります。壮大な自然や世界の成り立ちを考えさせるような山々の映像や海中の映像、そして現代の風景に至るまで宇宙の映像に至ってはあたかも自分が宇宙を冒険しているかのよう錯覚に陥ります。
「ボヤージュ・オブ・タイム」は宇宙の起源からどうやって私たち人間が生命活動を営むまでに発展したのか、ナレーションの言葉数は少ないながらも余白、行間の部分を大切に表現されており、映像を通して現代の人間社会を考えさせるような構成になっています。
普段私たちの生活は、移り変わりの激しい情報社会において、ニュース・テレビ番組、インターネットなどから受けている膨大な情報は、発信側の意図に合わせてわかりやすく編集されたものがそのまま正しい情報として受けとり、無意識に吸収してしまっているのです。
つまり、悲しいことに文明が発達することによって便利な情報がたくさん入ってくる社会であるが故に、私たちは自ら知る機会を放棄している状態に近いということです....
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